今から十年くらい前。
当時高校生だった僕は、それからの進路やそれに伴う金銭的な事情もあって、それまで二年間通っていた全日制の高校を辞めて、三年に上がるタイミングで通信制の高校に転校した。
その高校は基本的に家でPCを使って勉強して、必要な課題を提出すれば単位が取れるシステム。
勉強するタイミングも自由だから、僕は日中はバイトしまくって、夜帰宅してから勉強するという生活を送っていた。だけど年に一度だけ、田舎の島に数日間滞在してリアルな授業を受けたりするスクーリングっていう強制イベントがあって、今からするのはそれに参加した時の話。高3の初夏だった。
まあ通信制の高校なので、当時そこに在籍している生徒は失礼な言い方になってしまうけど、ドロップアウト組というか。さらに雑に言い切ってしまうとヤンキーかオタク。この二極。その両者がかち合うと何かしらの問題が起きるのは目に見えている。カツアゲとか。学校側もそれを見越していたのか、スクーリング期間中はそれぞれ別のグループに分けられて行動していた。
その当時の僕は勉強なんて最低限しかやらず、一日中バイトしているか引き籠ってギターを弾いているかで、傍から見れば、今で言うところの陰キャっぽかったんだと思う。住んでいるのも九州のクソ田舎だったから、周りにギター弾いていたりとかバンドを聴いている人なんて殆ど居なくて。多分みんなEXILEとか聴いてた。そんな中で、少ない持ち金の大半をギター関係の機材に注ぎ込んでいた僕は当然服装や見た目にもあまり頓着が無く、普通にイケてなかったんだろう。
僕は当然のようにオタク側のグループになった。
ここでついでに書いておくと、中学以来の付き合いで、高校に上がってからは別の学校に通っていた親友の一人も、僕と同じタイミングで同じ高校に転校した。スクーリングにも一緒に来ていたのだけど、彼もオタクグループに振り分けられた。
ただオタクグループと断じてしまった訳だけれど、彼らの名誉のために補足しておくと、決して彼らは気持ちの悪いオタクみたいな連中という訳ではない。まあ普通にオタクも居たけれど、彼らの中には一度社会人になって働き始めてから、学び直しのために高校に再入学していたり、留学という目標があって普段は英語の勉強に特化している分、他を補うために通信制を選んだ人、オタクっぽいけど特定の分野で高いスキルを持っている人がいたり。それまで田舎の狭いコミュニティの中で生きてきた僕にとっては新鮮な出会いで、尊敬できる人たちだった。なので、オタクグループというより「ヤンキーではない人たちのグループ」という方が正確。まああちら(ヤンキー)から見たら大差ないんだろうけど。
前置きが長くなってしまったけど、スクーリングは島にあるかつて小学校だった校舎を利用して行われる。日中はそこで授業を受けて、終わればその近辺のホテルなり民宿なりに滞在する生活。ただ島の環境がとても良くて、やたら自然が豊かで、夏でも今みたいな不快さを伴う暑さではなく、過ごしやすい場所だった。自由な時間もそこそこあったから、その辺の船着き場で釣りしたりしてたんだけど、しょぼい竿でも普通に鯛とか釣れてビビった。
本題。ヤンキーグループとオタクグループは基本的に別行動(泊まっているホテルや民宿も別)だったんだけど、それでも授業や空き時間では一緒になることもある。別にヤンキーに対する恐怖心は無かったけれど、普段の生活で接点もない上に、何を話せばいいのかもわからないから、僕は静かに過ごしていた。
あとこれは通信制のちょっと特殊なところで、人によってその時点で取得している単位に差があるから、スクーリングで受けなきゃいけない授業のコマ数も違う。全員が一緒に同じ授業を受けることは一部のレクリエーションなどを除いてほぼ無い。僕はそれまで全日制の高校に割と真面目に通っていたのもあって、必要な単位の大半を取得していたからか、受けなければいけない授業の数も少なく、一人で過ごす空き時間が多かった。
その日も授業の合間に1時間ほど空き時間が出来てしまった僕は、次の授業まで空き教室で時間を潰すことにした。教室の中は僕のほかに誰も居なくて、明かりはついていないけれど、窓から差し込む夏の日差しが部屋の中を薄く照らしていた。エアコンはそもそも設置されていなくて、教室の中の気温は高くじっとりとした暑さがあったけれど、開けられた窓から入ってくる風が気持ちよかった。
僕は何の気無しに教室全体が見渡せる、一番後ろの真ん中の席に座った。今ではハッキリと思い出せないけど、暇だったことは覚えているから、多分適当にスマホをいじって時間を潰していたんだと思う。
少し経って、誰かが教室に入ってくる音がした。手元から目を離してそちらに目をやると、女の子が一人立っていた。かなり明るいロングの茶髪に、しっかりアイメイクの施された目元が印象的だった。ギャルだ。注※当時の認識だと派手目の容姿をした女の子は全員ギャルだった。
相手を個人としてちゃんと認識していた訳では無いけど、ヤンキーグループの生徒だろう。彼女は少し周りを見渡してから、僕の斜め一つ前の席に座った。教室に居るのは僕ら二人だけで、他にいくらでも空いている席はあるのに、謎に近い席を選んだ彼女に面食らった。彼女が席につくタイミングで軽く目があったけど、言葉を交わす事もなくお互い軽く会釈をしただけだった。
そのまま暫く無言の時間が続いた。彼女は黒板の方を向いたまま、ノートに何か書いていた様に思う。僕もそのままボーッとスマホを見ていたら、急に
「ねぇ」
と声をかけられた。そちらを見ると、彼女が僕に体を向けて
「これ、知ってる?」
と手に持った物をこちらに見せてきた。
不意に差し出されたのは、魔法少女まどか☆マギカの、マミさん(巴マミ)のイラストが描かれたクリアファイルだった。
いきなりのよく解らない状況に僕は混乱して、何と返したか正直良く覚えていない。確か、知っている旨の返事をした気がする。というか、いきなりアニメキャラの認知を聞いても平気だと思われるくらい、僕は周りから見てオタクに見えているんだろうか、と軽くショックを受けていた(まあ結果的に知っていたんだから、彼女の慧眼は見事だった。つまり僕はオタクだった)。
それからまどか☆マギカについて絵柄に対して展開がエグいとか、でもキャラは凄く魅力的だとか、当時よく言われていた事を話していた気がする。彼女の見た目と会話の内容とのギャップに僕は相変わらず混乱していて、気の利いた事は言えずじまいだった気がする。けど、楽しそうに話す彼女の笑顔が印象的で、今でも記憶に残っている。
しばらく会話した後、彼女は手元に開いていたノートのページを僕に見せてくれた。それが何かは忘れてしまったけど、アニメのキャラクターがデフォルメの効いた可愛らしい絵柄で描かれていた。しかも普通に上手い。ありきたりな言葉でそれを褒めた気がするけど、それでも嬉しそうに笑っていた。本当に好きなんだろうな、と思った。
これは完全に僕の憶測だけど、彼女の見た目からして、周りの友達とかには話しにくい話題なのかな、とか思っていた。当時は今ほど所謂オタク趣味は世間的に理解されていなかったし、僕の周りに居たアニメが好きな女の子の中でも、彼女みたいなタイプは居なかった。そう考えると、僕がオタクに見えるかそうでないか、なんて事は本当にどうでも良い事で、彼女が好きなものについて好きに話す事ができて、只々良かった、とそう思った。自意識過剰だとは思うけど。
どれほどの時間話していたかは忘れてしまったけど、授業終了のチャイムが鳴って僕らはそれぞれ次の目的地に向かった。アニメの話以外で結局お互いの事は名前も何も知らないまま、僕たちは別れた。
その後はゆっくり話せるタイミングもなく、授業が一緒になることも無かった。ただ一回だけ、廊下ですれ違ったときに彼女が僕にむかってはにかみながら、小さく手を振ってくれたのを覚えている。
それからは何もなくスクーリングも終わって、地元で相変わらずバイトしてはギターを触る日常に戻った。
こんなことを今さら思い出してつらつら書こうと思ったのは、少し前からネットや創作で「オタクに優しいギャル」みたいなのをよく見るようになったから。その度に、顔もよく思い出せなくなってしまった彼女の事が頭に浮かぶ。「オタクに優しいギャルなんて現実にはいない!」なんて論争になってたり色々言われているけど、そんなこともないよ。って僕は一人ほくそ笑んでいたりする。
あれから10年以上経ってしまったけど、彼女は元気だろうか。まだアニメが好きで、今は色んな人たちとその事を共有出来ていたりするんだろうか。僕も変わってしまったし、彼女もきっと変わってしまっているんだろうけど、そうであればいいな、と勝手に願っている。
思い出って、月日が経つにつれて細かい部分はどんどん忘れてしまって、最後には何となく良い部分だけが残るから、それが記憶の美化なんだろうな、と思う。それはまるで、どんどん角が取れて磨かれて、透明度を増していく宝石みたいだ、なんて。そう考えると記憶の美化って案外悪くないな。
もう会えないし名前も何もしらないけど、あなたはどこかの誰かの宝石になってますよって。
臭い事言って締めてみた。
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